逃げ癖のあった頃の話
自分を一言で表すなら、「何をやっても最後までやり切れない奴」だったと思います。
器用でもなければ、圧倒的な才能があるわけでもない。
でも、かといって全力で泥臭くやり切る覚悟もなかった。
今振り返ると、そんな中途半端な自分を、どこかでずっと誤魔化して生きていました。
出身は北海道。大学までずっと地元で過ごしてきました。
通っていたのは、地域では一番と言われる進学校。
周りは努力もできて、結果も出すやつばかりでした。
「せめて上位にはいよう」
そう思って、200人中20位以内を目標に勉強していました。
頑張ってはいました。でも今思えば、
“負けないための努力”であって、“勝つための努力”ではなかった気がします。
部活はバスケ部。
小学4年生から続けてきて、ポジションはセンター。
正直、バスケにはそれなりに自信がありました。
でも高校に入ると、現実を突きつけられます。
同期に、自分より身長もフィジカルも、技術も上のセンターがいたんです。
同じポジション。逃げ場なし。
気付けば自分は、レギュラーでも控えでもない、
いわゆる1.5軍みたいな立ち位置。
「どうせ無理だろ」
そう思った瞬間から、心のどこかで勝負を降りていました。
きつい練習からは距離を取り、バスケの楽しいところだけを拾い集める。
本当は悔しかったはずなのに、
「まあ、しょうがない」と自分に言い聞かせていました。
その姿勢は、受験にもそのまま表れました。
第一志望は、ギリギリまでA判定。
周りからも「いけるでしょ」と言われていました。
でも、結果は不合格。
原因は明確でした。
最後の最後で、踏ん張り切れなかった。
あの時、
「もう少しだけ頑張っていたら」
「逃げずに向き合っていたら」
そんな後悔が、バスケと一緒に胸に残りました。
大学に入ってから、僕は居酒屋のアルバイトにのめり込みます。
理由は単純で、
ここなら自分も成長できる気がしたから。
最初は普通のホールスタッフ。
でも、少しずつ仕事を覚え、責任のある立場を任されるようになりました。
ホールの責任者、締め作業、そして2年目にはアルバイトリーダー。
正直、稼いだお金で叶えたい大きな夢があったわけじゃない。
ただ、「自分がいないと回らない」そう思える場所が、初めて心地よかったんです。
クレーム対応で頭を下げた日もあれば、忙しさでパンクしそうになった日もありました。
でもその分、
「どうしたらお客さんは喜ぶんだろう」
「どうすればこの店はもっと良くなるんだろう」
そんなことを本気で考えるようになりました。
高校時代、逃げてばかりだった自分が、ここでは逃げずに踏ん張れている。
その感覚が、少しだけ自信になっていきました。
ただ、それでもまだ、
自分が人生を懸けて挑む場所は見つかっていなかった。
「このままでいいのか?」
「社会に出て、俺は何者になれるんだろう?」
そんなモヤモヤを抱えたまま、
僕は就活という次のステージに進むことになります。
「安定」を選ぶはずだったのに迷い始めた
就活を始めたのは、大学3年生の秋でした。
正直、その時点での答えはもう決まっていた気がします。
「地元で働く」
「安定した会社に入る」
これが、当時の就活軸でした。
北海道出身で、ずっと地元にいた自分にとって、インフラ系の安定企業に就職するのはいちばん“無難で正解っぽい選択”だったと
思います。
エージェントとの面談でも、「安定志向です」とはっきり伝えていました。
……なのに、なぜか紹介されるのは
「挑戦」「実力主義」「若手から裁量」
みたいな言葉が並ぶ企業ばかり。
正直、最初は違和感しかなかったです。
安定って言ってるのに、真逆じゃないかと。
エージェントからは、
「今の時代は〜」
「成長市場で〜」
と、かなり勢いよく説明されました。
営業だな、ってことは理解しつつも、興味半分、勢い半分で、そういった企業も受けてみることにしました。
どうせ挑戦するなら、中途半端は嫌だな、と思ったんです。
そこから考え方が少し変わりました。
「じゃあ、地元を出てみるのもアリなんじゃないか」
そう思って、東京という選択肢も視野に入れました。
結果、就活は完全にカオス状態。
片や、地元の安定インフラ企業。
片や、東京のゴリゴリ実力主義企業。
そんな中で出会ったのが、TSACEでした。実力主義の企業をいくつか受ける中のひとつ。
最初は、正直その程度の認識だったと思います。
でも、就活が進むにつれて、だんだん悩みの質が変わっていきました。
「安定を選ぶのか」
それとも
「自分を試す場所を選ぶのか」
これまでの人生、全力で何かにぶつかった経験はほとんどありませんでした。
バスケも、受験も、どこかで逃げ道を残してきた。
だからこそ、この就活は、自分にとって最後の分かれ道なんじゃないかそんな気がしていました。
安全な道を選べば、きっと後悔は少ない。
でも、「本気で挑戦しなかった自分」だけは、一生引きずる気がしたんです。
そんな迷いの中で、TSACEという会社が少しずつ自分の中で存在感を増していきました。
「ここなら、本気でやれるかもしれない」
全力を出す大変さと楽しさを噛み締めた1年
入社してからの毎日は、正直に言って、甘くありませんでした。
4月から8月までは先輩の案件を手伝いながら、自分の数字にも向き合う日々。
やることは多いし覚えることも多い。
それなのに、結果はまったく出ない。
先輩たちは本当に手を差し伸べてくれました。
それでも、うまくいかない。
「自分、向いてないのかな」
そんな弱気な考えが頭をよぎることもありました。
それでも踏ん張れたのは7月に1度、大きな売り上げをつくれた経験があったからです。
「やり方が間違っているわけじゃない」
「ちゃんとやれば、結果は出る」
そう実感できた一方で、8月以降はまた低迷。
結果の“安定”ができないことに、正直かなり苦しみました。
それでも、この環境で折れなかった理由があります。
とにかく、人がいい。
人材紹介は個人勝負の世界だと思っていました。
でもTSACEは、全然違いました。
一元管理だからこそ、本気でチームを感じられる環境があります。
困っていると誰かが声をかけてくれる。
悩めばちゃんと時間を取って一緒に考えてくれる。
先輩も、同期も、ライバルであり仲間です。
同期とはプライベートでもよく遊びます。
でも仕事ではお互いの数字を意識して、「負けたくない」と本気で思える関係です。
9月から12月は、“安定化”をテーマに取り組み続けました。正直、数字はまだ苦しいです。
それでも先輩たちの背中を見てアドバイスをもらい、一つずつ課題を潰していく中で自分が確実に前に進んでいる実感があります。
「しっかりやれば、ちゃんと報われる」
忘年会でランキング上位の方の言葉を聞いて、その言葉がただの綺麗事じゃないと分かりました。
仕事だけじゃありません。
忘年会やBBQなど、社内イベントも多く自然と人との距離が縮まります。
だからこそ、「ちょっと聞いていいですか?」が言いやすい環境が最初から整っています。
今の自分を表すなら、こうだと思います。
「全力を楽しみ、楽しむために全力を出せる」
目の前には、ライバルがいる。
簡単じゃないからこそ、燃える。
負けたくないと、本気で思える。
もし、
・本気で成長したい
・自分の限界を超えてみたい
・“ぬるい環境”に、満足できない
そう思っているなら、TSACEは間違いなく挑戦する価値のある場所です。
ここには本気で走る人を、本気で支えてくれる環境があります。



