働いて、働いて、働いていきます。

好奇心が勝手に次の扉を開けてしまう

自分を一言で表すなら、間違いなく「好奇心旺盛」。
もう少し正確に言うと、「気になったら最後、やらないと気が済まない厄介な性格」です。ブレーキは標準装備されていません。

高校時代、周りが“部活”という名の一本道を走る中、僕はなぜか社会人バドミントンサークルにいました。理由は単純。「大人とやったほうが強そうで、面白そうだったから」。
年齢も価値観もバラバラな人たちに混ざってラケットを振る日々は、競技以上に学びが多かった。勝ち方よりも、負けた時の振る舞い。技術よりも、空気の読み方。気づけば、県ベスト8まで進んでいました。たぶん、シャトルよりも人間関係の方を必死に拾っていた成果です。

高校時代後半からは、こども教室の補助にも関わるようになりました。
子どもたちの世話をしながら、空き時間には将棋を指す。最初は完全に気分転換だったはずが、想像以上に奥深い。
気付いたら盤面を見ただけで数手先を読むクセがついていて、最終的には奈良県大会で優勝

大学に入ると、好奇心はさらに加速しました。
「教わる側が楽しいなら、教える側はもっと面白いんじゃないか?」という謎理論のもと、
バドミントンのこども教室をゼロから立ち上げ
場所探し、集客、運営、全部自分。集客は社会人サークルで仲良くなった方々のお子さんに声をかけるところから始めました。

対象は未就学児。だからこそ、勝ち負けよりも大事にしたのは“礼儀”と“人との向き合い方”。
ラケットを振る前に挨拶。負けても相手を称える。バドミントンを通して、人としての土台を一緒につくっていく感覚がありました。

さらに、調子に乗っておじいちゃんと子どもをつなぐ将棋会まで開催。
世代も立場も違う人たちが、同じ盤を挟んで本気で笑ったり悔しがったりする。あの空間は、今思い返してもちょっと誇らしいです。

振り返ると、やってきたことは全部バラバラ。でも共通点は一つ。
「面白そう」を放置しなかったこと。
好奇心に従って動いた結果、人と関わり、場をつくり、誰かの成長に触れる経験が積み重なっていました。

遠回りだらけの学生時代でしたが、その分、視野と引き出しだけはしっかり増えた。
この性格が、社会に出てどう活きていくのか——その答えを探すフェーズに、ようやく足を踏み入れたところです。

 

働いて、働いて、働いて

― ワークライフバランス?いったん置いといてください ―

就活を本格的に始めたのは、大学3年の冬。
周りが「どこ受ける?」「福利厚生どう?」なんて会話をしている頃、僕の頭の中はかなりシンプルでした。

「若いうちは、死ぬほど働きたい。」

いや、誇張じゃなく本気で。
ワークライフバランス?それはもう少し人生を進めてから考えよう、というスタンス。
体力も時間も勢いもある今を、ぬるっと使うのはもったいない。どうせなら、全力で消耗して、全力で成長したい。
そんな、少し暑苦しいモードで就活がスタートしました。

最初に見ていたのは、いわゆる「こっからっす!」系企業。
オープンハウス、リクルート——説明会に行くたびに飛んでくる、「若いうちに差をつけろ」「限界を超えろ」という言葉たち。
正直、嫌いじゃなかった。むしろワクワクした。
血が騒ぐ、ってこういう感じなんだと思います。

両親がエッセンシャルワーカーとして現場で働いている姿を見て育ったこともあり、「働く=大変だけど、ちゃんと面白い」
という価値観は自然と刷り込まれていました。
楽な仕事が正義とは思っていなかったし、汗をかいて誰かの役に立つことに、どこか誇りを感じていたんだと思います。

とはいえ、現場職一本でいくかというと、そこは少し違った。
将来の選択肢、成長のスピード、広がり方、そういうことを考え始めると、
「勢いがあって、死ぬほど働けて、なおかつ伸びしろがデカい会社」が頭に浮かぶようになりました。

つまり、
“楽をしたい就活”ではなく、“燃え尽きた後の炭からダイヤが出る就活”。

どうせ燃えるなら、表面だけ焦がす焚き火じゃなく、芯まで黒くなるほどの高温で。
そして、もし燃え尽きたあと、真っ黒な炭の中に一粒でもダイヤが紛れているような。そんな企業を選び、面接に向き合っていました。

結果として、この就活は自分を大きく消耗させました。けれど同時に、「どんな環境でなら自分は走れるのか」「何を失うと苦しくなるのか」を、身をもって知る時間にもなりました。

「ここなら、本気でやれるかもしれない」

TSACEを知ったきっかけは、説明会でした。
正直、会社の事業内容よりも先に、社長が出てきた瞬間の空気で記憶に残っています。

目が、異様にバキバキしていたんです。
寝ていないとか、怖いとかではなく、「この人、人生を仕事に全部突っ込んでるな」という目。
その視線を見た瞬間、理由は分からないのに、なぜかワクワクしました。
ああ、きっとこの人は、誰よりも働いてきた人だ。
燃え尽きる覚悟を持っている人だ。
当時の自分が探していたのは、まさにそういう“温度の高い大人”でした。

選考が進み、2次面接では模擬営業を行いました。
結果から言えば、散々でした。
質問を投げても相手の反応を拾いきれず、沈黙が怖くて「どうですか?」を連発。
会話を前に進めるというより、場を埋めようとしているだけの自分がいました。

ただ、その場で返ってきたフィードバックが、妙に刺さりました。
感触の取り方、相手の言葉の奥にある本音の探り方、核心に踏み込む切り込み方。
「うまくできなかった」で終わらせず、「どうすれば良くなるか」を具体的に突きつけられた感覚でした。
最後に、礼儀や立ち振る舞いについて指摘されたことも、今でも鮮明に覚えています。
内容よりも姿勢を見られている。その事実を、真正面から叩き込まれました。

最終面接は社長面接でした。
一度リスケしてもらったこともあり、当日は申し訳なさと緊張で、心臓がうるさかったです。
冒頭はひたすら謝罪から始まり、正直、何を話したか覚えていない部分もあります。

そんな中で、なぜか深掘りされたのが「バドミントンの何が好きなのか」という話でした。
技術なのか、勝つことなのか、仲間なのか。
質問を重ねられるうちに、自分でも答えが曖昧になっていき、「自分は何に熱くなれる人間なのか」を、面接の場で考えさせられました。
評価されているというより、試されている。
そんな感覚がありました。

正直、内定が出たときは、なぜ通ったのか分かりませんでした。
手応えがあったとはとても言えなかったからです。
ただ、入社後に社長と食事に行った際、その理由を聞いて腑に落ちました。

「真面目で、愚直に取り組めそうだったこと」と
「話していて、地頭の良さを感じたこと」。

派手さや完成度ではなく、伸びしろを見られていたのだと知りました。

振り返ると、自分には「主人公になりたい」という気質があったのだと思います。
物語の中心に立ちたいというより、自分の人生のハンドルを、誰かに預けたくなかった。
TSACEの選考は、その覚悟を試され続ける時間でした。

最下位から東京1位に!!なるも。。。

入社後、配属されたのは栄養士紹介事業部。
正直、ここからは順風満帆――とはいきませんでした。

4月から8月。
5月時点で成績は、ほぼ最下位。
自分はわりと器用なタイプだと思っていましたし、「やればいけるでしょ」と、どこかで高を括っていました。
でも現実は想像以上に冷静で、容赦がなかった。

うまくいかない理由は山ほどありましたが、一番の原因は自分でした。
かっこつけて、できるフリをして、プライドを抱えたまま空回りしていた。
そこで一度全部捨てました。
プライドも、見栄も、「自分なりのやり方」も。

管理職の方のすぐそばで仕事をし、会話の一つひとつ、判断の一つひとつを盗むように吸収しました。
先輩方は突き放すことなく、でも甘やかすこともなく、ただ支えてくれました。
その結果、6月から8月にかけて数字は少しずつ、でも確実に上がっていきました。
トントン拍子、という言葉が一番しっくりくるくらいに。

TSACEのすごいところは、裁量権の持たせ方です。
「それやりたいの?ダメ」では終わらない。
「どうしたらできるか」を一緒に考えてくれる。
上司も先輩も、言語化能力がとにかく高くて、曖昧な努力を曖昧なままにしない。
だからこそ、自分の現在地が分かり、次の一手が見える。

9月から12月。
一度上がった勢いは、正直落ち着きました。
今はかなり焦っています。
でも不思議なことに、この焦りが嫌じゃない。
上司と細かくコミュニケーションを取りながら、次の一手を練っている時間が、楽しいんです。

間違えても致命傷にならないミスなら、あえて止めない。
間違った瞬間に、必ずフォローが入る。
教えすぎないけど、放置もしない。
教育に「余白」をつくってくれるから、自分で考えて、自分で動けるようになる。
そして、その成長をちゃんと見てくれている。

そういった支えがあり、有難いことに新卒ランキングで1位になった瞬間もありました。
すぐに抜かされましたが、、、負けるつもりは毛頭ないです!

TSACEに入ってから、自分の中にあった好奇心は否定されるどころか、受け止められました。
その姿勢を、先輩方の背中から学び、今では求職者の方の話を聴くときにも活かせるようになってきています。
傾聴力はスキルではなく、文化だと知りました。

新年が明け残り3ヶ月しかない中での目標は
新卒ランキング1位!

燃え尽きても後悔しない就活をして、
一度は本当に燃え尽きて、
それでも、まだ火を灯し続けられている。

もしあなたが、
「本気で働きたい」
「ちゃんと悔しがれる場所で成長したい」
そう思っているなら、TSACEは、間違いなくその舞台があります。