甲子園準優勝の栄光と、夢を絶たれる絶望からの復活!

甲子園準優勝とプロ選手を目指した学生時代

私のこれまでの人生を一言で表すなら、「努力を全力でしてきた人生」です。
小学校から大学2年生で現役を引退するまで、14年間、生活のすべては野球と共にありました。

高校は、幼い頃からの憧れだった地元の甲子園常連校に進学しました。もともとは外野手など様々なポジションを経験していましたが、「どうしてもここで勝負したい」という強い思いから監督に直談判し、2年生の秋から正捕手の座を任せていただくことになりました。

しかし、順風満帆だったわけではありません。3年生の春、怪我明けの復帰戦。
甲子園を目前にした大事な試合で、私は4打席連続三振という最悪の結果を出してしまいました。
後輩キャッチャーの台頭もあり、「もう後がない」と焦り、落ち込みました。

そんな時、監督が私を呼び出し、1時間以上も真っ直ぐに向き合って話をしてくださったんです。
その言葉でようやくメンタルを立て直すことができ、次の試合では2打席連続ホームランを打つことができました
土壇場の場面を何度も任せていただく中で、もともと弱かった自分の心は、少しずつ、でも確実に強くなっていきました。

結果として、春は全国ベスト8、そして夏の甲子園では全国準優勝を果たすことができました
ただ、野球を始めた時からの目標は「日本一」でした。
あと一歩で届かなかった悔しさは計り知れず、9回裏の攻撃、敗退が決まった瞬間には感情が抑えきれなかったです。
その姿がSNSで拡散され、厳しい言葉をいただくこともありました
しかし、それすらも「自分の未熟さと向き合う糧」に変えることで、さらに精神的に成長できたと感じています。
何より、人生最高の恩師である監督に、優勝の景色を見せられなかったことが一番の心残りでした。

その後、プロを目指して大学に進学しましたが、高校時代の肩の怪我が再発。
手術とリハビリを繰り返しましたが、2年生の後半、ついに選手生命は終わりを告げました
正直、絶望しました。
けれど、快く送り出してくれた両親の顔を思い浮かべた時、「このままでは終われない」と奮起したんです。
選手としては終わっても、チームのためにできることはある。
現在はブルペンキャッチャーとして、裏方から全力でチームを支える役割に徹しています。
形は変わっても、「誰かのために全力で努力する」という私の信念は、今も全くブレていません。


誰かのために力になれる企業を探す
就職活動

私の就職活動は、大学2年生の12月という比較的早い段階からスタートしました。
最初は「まずは見てみよう」という気持ちで、合同説明会に参加したり、業界を絞らず色々な企業を見て回ったりしていました。
でも、正直に言うと、どこを回っても心からワクワクしたり、自分がそこで熱く働いているイメージが湧いたりすることが
全くありませんでした。

「自分は何のために働くのか」
「何に情熱を注げるのか」
ただ時間だけが過ぎていく焦りもありました。

「自分が本当にやりたいことは何だろう?」
そう自問自答を繰り返す中で、ふと立ち止まって自分の過去を振り返りました。

怪我で選手生命が絶たれた時のあの真っ暗な絶望感、そこからブルペンキャッチャーとして裏方に回り、
誰かを支えることに見出した新しいやりがい。
人生のどん底にいた自分を救ってくれたのは、真っ直ぐに向き合ってくれた恩師や、支えてくれた家族、仲間の存在でした。
そのことに気づいた時、私の中で一つの明確な答えに辿り着いたんです。

それは、「自分と同じように、怪我や挫折で夢を諦めざるを得なかった人たちの力になりたい」という強い想いでした。

そこからまずは、スポーツ経験者に特化したスポーツ系の人材紹介を軸に動くようになりました。
選手としての道が絶たれた時の悔しさと、チームを裏から支える喜び。その両方の痛みと喜びを骨の髄まで知っている自分だからこそ、
同じ境遇にいる人たちの心に寄り添い、本気でキャリアを支えられるのではないかと確信したんです。

こうして私の就活の軸は、「挫折や辛い経験をした人たちのキャリアを全力で支え、背中を押すこと」にバシッと定まりました。

この軸が定まってからは、もう迷いはありませんでした。
さらに自己分析や企業研究を進めるうちに、「挫折や困難に直面して悩んでいるのは、決してスポーツの世界の人だけじゃない。
もっと幅広い人たちの人生の転機に深く関わり、本気で伴走したい
」と考えるようになり、
選考の幅を人材業界全体へと広げていきました。

ただ仕事を紹介するような表面的なサポートではなく、相手の人生に泥臭く、熱く向き合える環境を探し求めていたのです。そんな中、自分の熱い想いをすべてぶつけられる場所として、運命的に出会ったのがTSACEでした。

 

恩師の姿と重なった社長の言葉。

包み隠さず正直にお話しすると、実は2次面接の段階までは、TSACEは自分の中で第2志望か第3志望でした。
しかし、その2次選考での出来事が、私の心を大きく揺さぶりました。

選考の中で「模擬営業」をする時間があり、私は今の自分に出せる120%の全力をぶつけて売り込みました。
そして終了後、面接官の方に「今のフィードバックをください!」と食い下がり、めちゃくちゃ質問をぶつけたんです。

すると、当時の私に足りない部分を本当にわかりやすく、かつ詳細に、そして熱を持って教えてくださいました。
それがものすごく勉強になり、約1年経った今でも鮮明に覚えているほど衝撃を受けました。

この人たちの元で働けば、自分は圧倒的に成長できるし、自分の『人を支える』という軸も絶対に体現できる」と確信した瞬間でした。

そして迎えた、社長との最終面接。
私は普段、土壇場の試合などでも全く緊張しないタイプなのですが、この日ばかりはなぜか大パニックに陥ってしまいました(笑)。
言葉は噛みまくるし、あろうことか社長のお名前を間違えてしまい、さらにはいただいたお名刺まで忘れてしまうという、
まさにテンパりまくりの大失態を演じてしまったのです。

「終わった…」と思うような状況でしたが、社長はそんな私にも真っ直ぐに向き合ってくださいました。
面接の中で社長が熱く語ってくださった「当たり前の事を当たり前のように行うことの大切さ」や「量と質の話」は、
私の心に深く刺さり、首がもげるほど共感する内容ばかりでした。

そして、お話を伺えば伺うほど、あることに気がついたんです。 「社長の考え方、僕が人生で一番尊敬している高校時代の野球部の監督と全く同じだ!」と。

その瞬間、ビビッと直感が走りました。人生最大の恩師と同じ熱量、同じ信念を持っているトップの下でなら、
自分はどこまでも成長できるし、どんな壁も乗り越えられる。そう確信し、迷うことなくTSACEに入社することを決意しました。


就活生の皆さんへ

就職活動をしていると、どうしても「面接官にウケる上手いことを言おう」とか「自分を少しでも良く見せよう」と
取り繕ってしまうことがあると思います。

でも、僕から皆さんに伝えたいのは、「絶対に取り繕わず、本音のまま真っ直ぐに向かってきてほしい!」ということです。

TSACEには、表面的なテクニックではなく、その人の「本質」と本気で向き合ってくれる社員しかいません。
だからこそ、綺麗にまとまった言葉よりも、不器用でも本音で語るあなたの「想い」の方が絶対に心に届きますし、
そういう嘘のない姿勢をこそ高く評価してくれる会社です。

そしてもう一つ大事なのは、やっぱり「元気」と「礼儀」です!

気持ちの良い挨拶や、しっかりとお礼を伝えること。これは野球でも仕事でも同じで、人としての基本であり一番大切なことです。
元気よく、そして素直な「学ぶ姿勢」を持って飛び込んできてください。

TSACEは、やる気さえあれば「出る杭は打たれる」のではなく「出る杭はみんなで引っ張り上げる」会社です。

本気で頑張る人には先輩たちが全力でサポートしてくれますし、仲間同士で熱く高め合える最高の環境だと、僕自身確信しています。

こんな熱い会社で、泥臭く自分を成長させたい、誰かの人生のために本気で働きたいと少しでも思ったなら、
ぜひTSACEで一緒に働きましょう!

皆さんと一緒に全力で働ける日を、心から楽しみにしています!