数学の全国模試では偏差値70弱を記録する理系女子!!

学生時代は何をやってましたか?

私の学生時代を一言で表すと、「目の前のことに全力投球し続けた日々」だったと思います。
小学校4年生から中学3年生まで、バスケットボールに打ち込んでいました。私が通っていた中学校は、バスケがとても強いことで有名な学校。そんな環境だったので、練習は毎日のようにあり、文字通り“バスケ漬け”の生活を送っていました。
ただ、正直に言うと、試合のレギュラーにはなれませんでした。それでも私は、2年生のときからベンチメンバーとして試合に帯同し、コートの外からも必死に声を出しチームを支えました。誰よりも自主練習に力を入れ、特に3ポイントシュートに磨きをかけるため、放課後のシュート練習は欠かしませんでした。
周囲が結果を出す中で悔しい思いもたくさんしましたが、それでも折れなかったのは、「小さな積み重ねが自分を強くする」と信じていたからです。ランキング戦で少しずつ順位を上げ、ついには団体戦メンバーにも選ばれ、県大会で2位を獲得できたことは、大きな自信になりました。

高校では、心機一転して特別進学コースに進み、勉強に力を入れました。特に数学が得意で、全国模試では偏差値70弱を記録できたこともあります。他の科目も平均より少し上をキープしていましたが、英語だけは本当に苦手で…。
でも、そこで諦めずに英会話教室に通い、自分なりに努力を重ねて克服しました。この経験は、「苦手意識は努力で乗り越えられる」という考え方を自分に根付かせてくれたと思います。
勉強だけでなく、高校時代はアルバイトにも挑戦しました。自宅から徒歩5分の場所にある結婚式場で働き始めたのですが、これが私にとって大きな転機になりました。
登下校のたびに目にしていた式場で働くことに憧れを抱き、「どうせ働くなら、誰かの幸せに関わる場所がいい」と思って応募しました。
最初は大学生の先輩たちばかりの中で緊張しましたが、温かく迎えてもらい、朝から晩まで立ちっぱなし・動きっぱなしの環境にも負けず、毎回全力で取り組みました。
結果、1年ほどで「席次管理」という重要な役割を任せてもらえるようになり、お客様やスタッフからの信頼を得ることができました。

大学進学を機に一度はその式場を離れましたが、進学先の岡山県で新たな結婚式場のアルバイトを始めました。ここではバイトリーダーとして、料理提供のタイムキーパーや、披露宴進行の管理など、より責任あるポジションを任されました。
ただ指示を受けるのではなく、自分で段取りを考え、スタッフを巻き込みながら式をスムーズに進める難しさと面白さを知りました。
中でも一番印象に残っているのは、披露宴終了後に関係者の方から直接「あなたのおかげで最高の式になったよ」と感謝の言葉をもらえたことです。裏方に徹してきた自分の努力が、誰かの幸せにちゃんと繋がっているんだと実感できた瞬間でした。
学業面でも、特待生入学というプレッシャーを背負いながら、最後まで手を抜かず努力し続けました。
特にゼミ研究では、「マッチ棒で作れる図形の距離に関する研究」というテーマに挑戦し、発表では教授陣から高い評価をいただきました。正直、文系の学生にとってはかなりハードな内容でしたが、数学への自信と粘り強さが私を支えてくれました。
こうして振り返ると、学生時代は決して“順風満帆”だったわけではありません。悔しい思いも、失敗も、挫折も、たくさんありました。
でも、そのたびに「どうやったらできるか」を考え、努力し続けてきたことが、今の私を作っています。
これから社会人として本格的にスタートを切る中でも、この“努力を楽しむマインド”を忘れず、目の前のことに全力で向き合い続けたいと思っています。

就職活動について教えてください。

私は最初から明確な就職活動の軸があったわけではありませんでした
逆求人媒体のサイトを使って企業からのスカウトを受けながら、なんとなく「いいな」と思う企業を探している、そんな状態ですがブライダル業界は、昔から身近な存在でした。
高校時代から結婚式場でアルバイトをしていたので、華やかな舞台の裏側も、そこで働くスタッフの大変さも、誰よりも知っていました。
だからこそ、大学卒業後の進路としてブライダル業界を選ぶ気持ちは、全く湧きませんでした。
「忙しすぎる」「スキルの上限値が見えてしまう」「学生バイトだから楽しかったけど、これを一生の仕事にはできない」。
といった現場を経験したからこその客観的な目で、自分の未来を考えていました。

そんな中、ある日オファーボックスを見ていると、ひときわ目を引くスカウトが届きました。
送ってくださったのは、TSACEの竹之下社長。内容を読んで驚きました。
ありきたりなテンプレート文ではなく、私のプロフィールにきちんと目を通し、言葉を選び、熱意を込めて綴られたスカウト文。
TSACEの本気さや熱意が文章だけで情熱が伝わってきました。
私は、迷わずエントリーしました。

選考を受けようと思った理由のひとつは、福岡支社が新設されるタイミングだったからです。
ゼロからの立ち上げ。オープンのスピード感。
「そんな環境で、自分も仕事をしたい」
そう思いました。
新しい支社とともに自分も成長できる、そんな期待が膨らみました。

説明会に参加したとき、さらにその気持ちは強くなりました。
画面越しに話す竹之下社長の姿は、YouTube番組『令和の虎』で見たときと、全く変わりませんでした。
飾らず、嘘をつかず、真正面から熱を込めて話す姿。裏表のない、本物のリーダーだと心から感じました。
しかも、説明会後には個別にメッセージまでいただき、細やかさや情の熱さ、丁寧さが、ひしひしと伝わってきました。
ここまで学生一人ひとりに向き合ってくれる社長、会社なんて、他にはないと確信しました。

もちろん、TSACE以外にも4〜5社ほど選考を受けていました。
でも、比較すればするほど、自分の中でTSACEの存在が大きくなっていきました。
スピード感、熱意、個人の可能性への本気の追求。
どの会社よりも「この場所で働きたい」と思わせてくれる要素が揃っていたんです。

選考を受ける中でも、毎回いただくフィードバックがとても的確で、さらにモチベーションは高まりました。
「ここでなら、本当に自分を変えられるかもしれない」
心の底から、そう思えたのを今でも覚えています。

だからこそ、最終面接の日、私は「絶対にこの会社に入りたい」という一心で臨みました。
そして、無事に内定をいただけたときの喜びは、言葉にできないほど大きかったです。
あのとき、勇気を出して一歩踏み出して本当によかった。今は、心からそう思っています。

インターンと入社式はどうでしたか?

TSACEのインターンに参加し始めた頃、私はとにかく不安だらけでした。
一番怖かったのは、テレアポの「1本目」。
電話をかけるだけなのに、手が震えるほど緊張して、なかなか最初の1件をかけることができませんでした。
周りのインターン生たちはどんどん電話をかけていて、自分だけが立ち止まっているような焦りも感じていました。
「本当に自分にできるんだろうか?」
そんな思いを抱えながら過ごしていましたが、福岡オフィスの先輩方が驚くほど優しくて、救われました。
単に「質問しやすい」とか「相談できる」というだけではありません。
先輩たち自身が、後輩たちが相談しやすいように、日々空気を作ってくれているんです。
ただ待っているのではなく、こちらが声をかけやすいタイミングを見計らってくれたり、少しの変化にも気づいて声をかけてくれたり。
「自分だけじゃない、周りも支えてくれている」そう実感できたことで、少しずつですが不安を前向きな気持ちに変えられるようになっていきました。
入社式を迎えたときも、インターン時代に築いた関係性のおかげで、緊張はほとんどありませんでした。
同期や先輩方ともすでに打ち解けていたので、良い意味で肩の力を抜いて、社会人としての第一歩を踏み出すことができました。
今もまだ、迷ったり不安になったりすることはあります。
でも、だからこそ「目標数字には絶対にこだわろう」と決めています。
生きた数字を追いかけ、自分でつかんだ実績があるからこそ、成長を実感できると思います。
これからも、一つ一つ積み上げて、必ず「数字で語れる営業マン」になっていきます。