全国高校サッカー大会準優勝の栄光から大きな挫折

プロサッカー選手を本気で目指していた

私の学生時代のすべては、「本気でプロサッカー選手を目指していた」という一言に尽きます!
サッカーが私の生きがいであり、人生そのものでした。

私の高校サッカーのデビューは、実は高校に入学する前の「中学3年生」の頃でした。
中学での部活を引退した後、進学先の高校の練習にいち早く合流させていただいていたんです。
そこで紅白戦に出場してめちゃくちゃ点を決めてアピールした結果、なんと新チームの「サニックス杯」という大会の
ベンチメンバーに選ばれました!

 

最初は「高校生の大会の空気を近くで見せてくれる、監督の粋な計らいだな」くらいに思っていたのですが、
いざ大会が始まると、なんと1日目からスタメン出場!

でも、当時の私はびっくりするどころか「絶対に活躍できる!」という自信に満ち溢れていたので、「やってやるぞ!」という
強い気持ちでピッチに立ちました。
結果的にマレーシア代表チームから1得点を奪うことができ、チームも大会6位という成績を残せました。

高校に入学してからはベンチスタートが続きましたが、限られた交代枠の中で絶対に爪痕を残してやろうと必死に食らいつきました。
2年生、3年生とケガに悩みながらも、最終的にはレギュラーを勝ち取り、全国大会準優勝という最高の景色を見ることができました!

しかし、大学に入学してからは、これまでの栄光が嘘のように苦しい日々が待っていました。
入学早々にケガをしてしまい、「ケガ、リハビリ、復帰」のサイクルを何度も繰り返すことになったんです。
しかも、私のケガは「完治が非常に難しい」という絶望的なものでした。

今まで自分のすべてを捧げてきたサッカーが、もう100%の力でプレーできない。
その絶望と悔しさは言葉では言い表せないほど大きかったです。
復帰してはまたリハビリに戻る日々の中で、プロという夢がどんどん遠ざかっていくのを感じ
「自分は一体ここで何をやっているんだろう」と心が折れそうになりました。

大学3年生の時、お医者様から「完治はしないが、セーブしながらであればプレーしても良い」と告げられ、
「スッパリ辞めるか、抑えて続けるか」の二択を迫られました。

正直、めちゃくちゃ悩みました。
全力でプレーできないのにサッカーの近くに居続けるのは、想像以上に苦しいことだったからです。
でも、どうしても「辞める」という決断はできませんでした。
私の頭に浮かんだのは、これまでずっと一番近くで応援してくれていた、両親の顔だったからです。

「大学に入ってから、まだ一度も両親に試合で走っている姿を見せられていない」 その心残りが、私に再び前を向かせてくれました。
プロになるという夢は諦めざるを得ませんでしたが、私の新しい目標は「2軍でも3軍でもいいから、とにかく試合に出て、
両親にその姿を見てもらうこと」に変わりました。

そこからはもう、プライドも捨てて泥臭くリハビリと練習に打ち込みました。そして迎えた引退試合。
私は2軍の試合に出場し、両親の前で最後まで走り抜く姿を見せることができたんです!
プロにはなれませんでしたが、私にとっては最高に価値のある、熱い学生生活でした!

心から熱く働ける場所を探して就活

私の就職活動は、大学3年の1月から本格的にスタートしました!
まずは逆求人媒体に登録し、「スカウトをいただいた企業様の説明会にはとにかく全部行く!」というスタンスで、
片っ端から足を運んでいました。
その中で特にご縁が多かったのが不動産業界だったので、最初は不動産メインで就活を進めていました。

しかし、説明会や実際の面接を重ねるうちに、そこが想像以上に厳しい世界であることを肌で実感するようになりました。
もちろん、「熱量の高さ」や「結果を出した分だけ稼げる!」という実力主義な部分は、スポーツに全力で打ち込んできた
自分にとってすごく魅力的でした。

ただ、どうしても私が引っかかったのは「社内の空気感」です。売上を上げるために同じ会社の営業マン同士でバチバチと
蹴落とし合うような文化や、「上司の言うことは絶対」で若手の意見ややりたいことが抑圧されてしまうような、
ピリついた雰囲気の会社が多くて…。

チーム全員で励まし合い、高め合うサッカーをずっとやってきた私にとって、
「こういう殺伐とした環境で、自分が心から楽しく働くのは難しいんじゃないか」と強く感じるようになったんです。

ありがたいことに、その時点で不動産業界の企業様からいくつか内定をいただいてはいました。
しかし、自分の素直な気持ちに嘘はつけません!
5月頃には不動産業界を受けるのをスッパリとやめ、いただいていた内定も思い切ってすべて辞退させていただきました。
そして、「自分が本当に熱意を持って、仲間と一緒に楽しく働ける場所を見つけるんだ!」と心機一転、
もう一度ゼロから就職活動をやり直す覚悟を決めました!

 

「日本一」を本気で目指す熱量に魂が震えた

不動産の内定を辞退してリスタートを切ったそんな時、逆求人媒体を通じてTSACEからスカウトをいただいたんです。
採用コラムを読んでみると、自分と同じようにスポーツに全力を出し切り、結果にこだわって取り組んできた先輩たちが
たくさん活躍していて、「ここなら自分も輝けるかもしれない!」と直感し、すぐに説明会へ参加しました。

説明会では、竹之下社長自らが登壇されていて驚きました!
竹之下社長の人柄はもちろん、掲げている高い目標や、教育に対する熱い想いを聞いて、心の底からワクワクしたのを覚えています。
正直、人材業界の仕事内容はまだ詳しく理解できていませんでしたが、それ以上に「業界ナンバーワンを本気で目指す」という
目標の高さと、溢れんばかりの熱量に強烈に惹かれました!

しかし、選考は一筋縄ではいきませんでした。
1次面接では、自分の中にあった「どこか中途半端な姿勢」を完全に見抜かれ、厳しくも愛のある指摘をいただいたんです。
スポーツの世界で生きてきた自分にとって、その指摘は本当に悔しかったですが、同時に
「この会社は、ここまで本気で自分と向き合ってくれるんだ」とさらに志望度が高まりました。

2次面接の模擬営業では、『夢をかなえるゾウ』という本を提案しました。
ですが、緊張のあまりただの商品紹介で終わってしまい、自分でも「全然ダメだ……」と落ち込んでいました。
面接後のフィードバックでは、良かった点だけでなく課題点も細かく、丁寧に教えていただきました。
改善点の多さに「これは落ちたな」と確信していたのですが、最後に「合格です!」と言われた瞬間は、もう最高に舞い上がりました!

そして迎えた最終の社長面接。
2次面接の振り返りから始まり、サッカーのこと、営業のこと、これまでの人生のことをたくさんお話ししました。
それは「学生を品定めする」ような面接ではなく、一人の人間として深く深く、魂の部分まで深掘りされているような感覚でした。
お互いにとってベストな道はどこなのかを、竹之下社長が一緒になって真剣に考えてくれているのを感じて、本当に胸が熱くなりました!

「自分の想いはすべて出し切れた。これでダメなら仕方ない!」
そう思えるほど清々しい気持ちで面接を終えた数日後、お電話で内定のご連絡をいただきました。
嬉しさのあまり、その場ですぐに「よろしくお願いします!」と内定を承諾しました!

決め手は、やっぱり「業界ナンバーワン」を本気で目指す姿勢です!
自分と同じ熱量で、高い目標に向かって突き進む最高の先輩や同期がいるこの環境で、もう一度日本一を獲りたい。
1次面接の時からずっと抱いていたその想いは、今、確信に変わっています!

就活生の皆さんへ

就職活動中の皆さんに、私から一つだけ確信を持ってお伝えできることがあります!
それは、TSACEという会社は「本気で成長したい人」や「高い目標、熱い思いを持っている人」にとって、
間違いなく最高の環境だということです!

TSACEには、「本気」という言葉が大好きな人が本当にたくさん集まっています。
「本気で自分を変えたい」
「本気で業界のトップを目指す」
そんな途方もない夢や目標を語っても、誰一人として笑いません。
むしろ、全員が同じ温度感で、本気で応援し合い、高め合える熱い仲間ばかりです!

だからこそ、逆に「どうせ自分には無理だ」と最初から諦めてしまう人や、
「他人が本気で頑張っている姿を冷めた目で嘲笑してしまう人」、そして「仕事はただ食べていくための作業で、
こなすだけでいいと考えている人」にはおすすめしません。

会社の圧倒的な熱量と自分の温度差に、きっと自分自身が一番苦しくなってしまうと思うからです。

今までスポーツに本気で打ち込んできた人、挫折を味わって「次こそは絶対に勝ってやる」と闘志を燃やしている人、
そして、これから何かに対して人生で一番本気になってみたいと思っている人!
そんな「本気」の火種を持っているあなたと、私や先輩方は一緒に働きたいと心の底から思っています!

一度きりの20代、私たちと一緒にTSACEで「本気」をぶつけ合って、トップを目指して駆け抜けましょう!
皆さんと熱く語り合える日を、全力でお待ちしています!